« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

2013年10月28日 (月)

「あまちゃん」チーフプロデューサ訓覇氏のワークショップの受講レポート 【第3部】

【第3部】

 20131027日(土)、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館にて、「あまちゃん」のチーフプロデューサである訓覇圭氏のワークショップが開催された。その第3部のレポートです。

 

 第3部では、受講者からの質問に、訓覇氏と吉田氏が応答する時間となった。

 

Q1:タイトルロゴの意味は?

A1

・灯台の水たまりのイメージ(年代の違い)

・油が輝く色の変化のような感じ(?)

・いろんな案が出ており、「行くぜ!東北!」みたいなものもあった

・訓覇氏的には、力をぬいた(リラックスした)入り口のようなものをイメージしていた

 

Q2: クドカンが語ったという本人が意図しなかったという最終回の意味は?

A2

・この件に関して、訓覇氏とクドカンは話していないとのこと

・最終回になるに従い、物理的(セットや撮影時間など)の調整が大変で、台本をスケジュールに合わせていくことを話していたのかもしれない

23週と26週に関しては、いろいろと葛藤がある。クドカンは話さないだろうが

 

Q3;伏線は初めから、後から?(特に、ジオラマと、さかなクン)

A3

・仕込みとongoing(進行中)がある。いろいろである。

・クドカンはやろうと思えば、全部できると思うけれども

・自然発生的なものもある

・初めから大枠はあるが、すべては決めてはおらず、それぞれ収束させていく方向

・ジオラマは1年前からのアイディアで、初期のプロットから存在

・さかなクンは、終盤にでたアイディア

・さかなクンの登場は、決定稿で出てきた

・さかなクンの実際のエピソードは、ドラマの前(久慈市名誉市民、水族館への寄付)

・クドカンから「ギョギョ」で行きたいとの話があった

・「見つけてこわそう」は、アキと人形(おじいさん)としゃべる話だった

・さかなクンの登場によりアキちゃんはアシスタントに、おじいちゃんは浮いたキャラに

・おじいちゃんの吹き替えは、吉田氏が行ったという衝撃の発言!

・訓覇氏「さかなくんはどうですか?」のメールがクドカンからあったと思いだした

 

Q4:震災直後に、アキが北三陸に戻ったシーンで、視聴者に見せたかったものは?

A4

・朝に震災の光景を見せてはいけないという気持ち

・どのタイミングで、アキが北三陸に戻るのかは議論があった(震災直後やGWなど)

・アキのセリフがないのは、話してしまったらシラけてしまうから

・アキのセリフがない代わりに、ナレーションや、「岩手県と戦っている」などがある

・正直な話、ナレーションにある「アキもどうしていいか、わからない」に尽きる

23週の春子の「最終回じゃないのよ」のセリフが印象的

 

Q5:ドラマ内で音楽を使用するにあたっての苦労話は?

A5

DVD/ブルーレイ化にあたっての「ブリっ子」に件に関しては、なんのトラブルもない

・権利に関してはとにかく大変

・特にクドカンの脚本は実名だから大変だった

・社則的な決まりがないので、判断はたいへんだった(プロデューサが判断)

・決まっているのは、商品名がNGなことだけ

・(ここはデリケートな表現だが)クレームがなければ良い。傷つく人がいなければ良い

・「あまちゃん」オリジナルの曲が多かったことが救いでもあり、たいへんでもあった

・オリジナル曲は、放送中は一瞬でも役者は、一曲うたって踊れる練習をしている

・暦の上ではディセンバーで、(苦労の)限界だった

・もう一曲、地元でかえろうで、やめようという話があった(オリジナル曲をやめる?)

・薬師丸さんが歌う潮騒のメモリーズの撮影時は、観客の気持ち(吉田氏談)

・能年さん以外のオーディションの話では、GMTの話があった

GMTのキャスティングの際は、訓覇氏しかいなかった(訓覇氏は、当時、ご立腹)

GMTのキャスティングに関して、クドカンは、その土地出身、ネイティブな方言がmust

・橋本愛や有村架純もオーディションに参加していた(他の役のキャスティングも同時)

・小野寺役のみ年齢制限でオーディションを受けていない

 

Q6:朝ドラをつくるにはどうしたらよいか?

A6

・(冗談交じりに)、これって、現実の話でこたえればいい?それとも大喜利?

・(冗談抜きにいうと)まず、NHKを受けること

・学生の時、朝ドラはセンスがない最低のドラマだと思っていたと訓覇氏は語った

 もちろん、今は違うそうだ。

 

Q7:アニメ(鉄拳)の採用については?

A7

・当初、台本には“アニメーション ?”と書かれていた

NHKのニュースっぽいものを考えていた(北三陸市への経路・交通機関の説明部分)

・当時、鉄拳の「振り子」を吉田氏が見て感動した

・台本にある“へびの実写”は、NGだと思っていた

・水野晴朗さんの声は、このシーンがいる/いらないのこだわり(公演の録音を遺族に許可)

・おめでた弁護士のタイトルの3秒間にもこだわって作っている

 

Q8:アドリブはあるのか?

A8

・アドリブは99%ない

・ピントがボケていたとしても放送されているものがあり、役者の動きのアドリブ的要素はあった。

 

Q9:バラエティ系でない情緒表現の回でも吉田氏で撮影した理由は?

A9

・該当するのは:アイドルになりたいといったアキが反対され、春子に打たれる回

・該当するのは:ユイちゃんと春子のあばずれの食い物の回

・「ドラマを撮ってきた人ではどう撮ったらいいか」と思う時には、吉田氏を起用した

・チーフディレクターの井上氏は一部、二部の始まりを撮っている(吉田氏談)

・吉田氏は、場面が変わるシーンを撮っている(吉田氏談)

・アキが春子に打たれるシーンは、本気で打たれており、実際の能年さんが芸能界デビューする際の本人とオーバーラップした(吉田氏談)

・アキが春子に打たれるシーンは、その後に、金色夜叉を模したシーンを入れる案があったがボツになった。

 

Q10:能年さんがあまロスになっているときいたのでなんとかしてほしい

   鈴鹿さんの♪三代前からマーメイド~を再度聴きたい

A10

・「努力します」の回答のみ。それ以上は言えないとのこと。

 

Q11:薬師丸さんのキャスティングについて

A11

・最初からストーリー設定はあった

・(音痴の女優が、練習をして、最終回にきれいな歌声でリサイタルという設定は)良い話だけど、不安だった。奇天烈な話だから(訓覇氏談)

・第2部から、ナレーションがアキになったのは、若春子を表現するのに“ママ”ということばを使いたかったから。

 

【終演前】

 ラストは、映像関係のクリエイター志望の方々に対するメッセージをということで、訓覇氏、吉田氏がそれぞれ語った。

 

訓覇氏のメッセージ

「私自身、いろんなことをやってきて、いろいろ失敗して、ようやく、最近すこしわかってきた。」

15分とか、短くていいから、なにかをいくつも作ってみて、つくりつづけてみて、ボロクソにいわれたち、ほめられたりしてください。それが大事。」

 

吉田氏のメッセージ

「小さなリアリティにこだわらず、感情のリアリティを追及してほしい。」

「ひとを喜ばす目線で取り組んでほしい。」

「共有できる面白さの追求をめざしてほしい。」

 

 

最後に、ひとつ質問があがった。

Q:訓覇氏の3つの博打があたったから、あまちゃんはヒットしたのか?

A

・アイドルの部分は、大きな博打。自分の業界を出すのは、寒くないですか?(吉田氏からの質問者への問いかけ)

・吉田氏いわく、「訓覇氏は博打を打ち続けている人。今回は、アタッた。ハマった。ということで、ゴマをすっておきます。」とのこと。

 

以上で、ワークショップは退場する訓覇氏、吉田氏への感謝の拍手に包まれての終演となりました。

 

博打は、アタるとおもって賭けるわけで、そこに自分の経験や人脈といった最高のリソースを投入できることは、ヒットの要因の大部分を占めているのではないかと考えました。

 兎にも角にも4時間いじょいうに渡る長丁場を飽きることなく過ごすことができ、大変有意義でした。おそらく話したりないこと、聞き足りないこともあると思うので、またこういった機会があることを臨む次第です。

「あまちゃん」チーフプロデューサ訓覇氏のワークショップの受講レポート 【第2部】

【第2部】

 20131027日(土)、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館にて、「あまちゃん」のチーフプロデューサである訓覇圭氏のワークショップが開催された。その第2部のレポートです。

 

 第2部では、ディレクターの吉田照幸氏が加わった。ここからのテーマは「演出」ということで、演出の仕事としての、スタッフィング、キャスティングの話から、吉田氏の自己紹介から始まった。

 吉田氏の専門は、「バラエティ」。代表作として、「サラリーマンNEO」を挙げ、映画がコケ、連鎖するように、TV放送自体も打ち切りになったと自虐的に語りはじめ、暇になったところに「あまちゃん」の話が来て、「やります」と即答したとのことだった。訓覇氏は、「楽しい」に組み入れたい人だと語った。

 吉田氏が当初不安だったのは、まずチーフではない点(決定権がない立場)とのことだった。また、ドラマを撮ったことがなく、(バラエティと違って)オチがない点や、自分自身の役割の転換が不安だったと語った。

 訓覇氏は、「あまちゃん」のベースは、コメディではなく、喜劇だと説明を入れた。

 コメディと喜劇の違いにはさまざま意見があると思うが、“芝居の中に泣き笑いを含める喜劇”と、“笑いのために作りこむコメディ”といった意味で使っていると私は判断した。

 

 「あまちゃん」には、3人のディレクター(井上氏、吉田氏、梶原氏)がおり、それをまとめるのがプロデューサである訓覇氏。訓覇氏としては、3人を次のように使い分けたとのことだった。

・井上氏=情緒表現系

・吉田氏=お笑い系

・梶原氏=ガッツリ系、熱い系

 

 また、「他のディレクターが、“難しい”と断ったシーンの演出を何が難しいかもわからずに引き受けた」と、吉田氏が付け加えた。

 

 ちなみに、「あまちゃん」のオープニングは、吉田氏の担当。撮影日は風が強く、空撮に利用したラジコンヘリが戻ってこれなくなるといったハプニングもあったそうだ。また、風にあおられて撮影した映像が格好良かったとか、鳥が飛ぶシーンは、自然に鳥が飛び、合成ではないと語った。

 訓覇氏から、「オープニングで走行する車両が1両のみの理由は?」という問いに対しては、「かわいいから」と答えた。

 ラジコンヘリは、経費節減のため、1日しか使えなかったとか、灯台の映像の手作り感を出したかったとの話もあった。揺れにかけたスタビライザーの効果も、チーフがそのままの映像で良いとの指示で戻し、これを使うのかと尋ねられるエピソードも吉田氏は紹介した。また、オープニング曲に関しては、潜りの撮影の頃に届いたとのことだった。

 

 その後、オーディションについての話があった。

 オーディションは、今回、事務所所属を前提にし、2000人の書類選考からはじまったとのことだった。面接では4分の1に絞るため、5人まとめて30分を1回として、1日に5回を5日間繰り返したとの説明があった。ちなみに、公平と平等を重んじるNHKの風土のため、同じ質問を続けるそうだ。書類はすべて直筆で、ものすごい熱量を感じるとのことだった。能年玲奈に関してのエピソードとして書くことができるのは、「3人のディレクターの口が、“ハッ”となったことだ」と、訓覇氏は語った。

 2次選考では100人程度。3次選考では10人くらいにカメラの前で実際に芝居をしてもらったそうだ。

 能年さんの第一印象は、圧倒的な輝きだったと訓覇氏は語った。特徴としては、口数が少なく話さないのでよくわからなかったとのこと。「そのわからない“可能性”や“未知数”に賭けた」というのが、訓覇氏の3つの博打のうちの1つとのことだった。

 

 どのくらい泳げるかの問いに対しては、書類には“25m”との表記があり、「(本当に」大丈夫?」と問いかけたところ、「はい!」しか言わなかったらしい。

 オーディション参加者は、泳ぎ等の前提条件がある場合、当然、練習をするので、隠れて見に行ったエピソードが紹介された。

 「横には動けないけど、下には潜れるというまさかな状況」、「横にも下にも5m」という名言に受講者一同は爆笑した。

 

 登壇されていたお二人が口をそろえていうのは、能年さんの根性と倒れないということだった。疲れたという顔も、少なくともスタジオではなかったとのことだった。

 

 訓覇氏が能年さんへ指摘したのは、誰もが知っている猫背を直すこと。指摘すると、返事は良いが5秒とその姿勢はもたないとのこと。母親役を演じる小泉今日子さんからも「親としてなおす」とのコメントがあったが、結局クドカンの「猫背も個性」という言葉で落ち着き、クドカンがイメージする主人公アキのイメージと適合し、能年さんには何もしないというスタンスができあがったとのことだった。

 

 吉田氏は、「能年さんは、話さないけど、理解力がある(指示したことが伝わっている)」と語った。また、ナレーションをバックとしたセリフのない顔芝居がうまいと評価した。

 

 ここで、能年さんの芝居を説明するために、「自転車(灯台にて、自転車が浮かび上がった後、海に落水するシーン)」と「前髪クネ男」の映像が流された。

 

 できあがった映像を見て能年さんが吉田氏に唯一語った言葉は「もし、(自転車が)飛ぶのなら、違った演技だったのに」だったそうだ。台本には“自転車が落ちる”としか書かれていないため、結果は映像になってからでないとわからないので、あとからこの言葉が出たとのことだ。「能年さんには、笑いに対する要求があった」と吉田氏は語った。

 

 ちなみにこの自転車と落水シーンは、3つのパターン(自転車がうかびあがってから落ちる・横に移動してから落ちる・普通に落ちる)を作ったとのことだった。

さまざまな意見があり、やりすぎないで欲しいと思う訓覇氏からの意見はあったが、普段は指示通りにする吉田氏も、この時ばかりは自分の意見「飛んでほしい」を通したそうだ。訓覇氏いわく、「やり過ぎは空回りする」とのことだったが、今回は平気だったと語った。

 

前髪クネ男で特徴のある腰の動きは、腰を横に振るパターンも作ったが、結果として、縦の動きだけのパターンになり、よけい卑猥になったと、吉田氏は語った。ちなみに、この演技に関して、古田新太さんが熱をいれて指導していたらしい。

 

能年さんのエピソードとして、「白目」の話があった。

撮影当日、能年さんが「(白目を)練習してきました!」と元気にあいさつし、練習ってどうなのかなって思って撮影してみたら、想像を絶するほどの白目で、アウト!と吉田氏。NGにしようと思ったら、ユイちゃんを演じる橋本愛さんから「おもしろいですよ、カントク!」と迫られ、女子高生のような二人のノリに押し切られてしまったとのことだ。

 

 クドカンの脚本のうまさに関してもコメントがあった。

 主役のアキは、第1週目ではセリフは少なく、徐々にエピソードを交えてから、話をさせていくという手法が感じられたそうだ。

 また、主人公アキの口の悪さもOKとなっており、特に、ストーブさんとヒビキに対するアタリは強く、能年さんの白目が上に行くような演技だと、吉田氏は表現した。

 能年さんの瞬発力はすごく、橋本愛さんも声の幅が大きく、つぶやきから大声になるシーンで音声さんがびっくりしたとのエピソードも紹介された。

 

 続いて、キャスティングに関しての話があった。

 難しいと思ったのは、“先を決めるとおもしろくない”とのことだった。

 キャスティングは春子から始まり、細かい役柄まで相談して決めたそうだ。

 クドカンの脚本は、普通の粗書きではなく、役者の持ち味を引き出す脚本だと表現した。

 劇団「大人計画」のメンバを起用するにあたってもイメージをよく考えたそうだ。

 

 撮影に当たっては、2部と呼ばれる東京編の前となる1部で、すでに現場はヘトヘトになっていた。プロデューサーの仕事は現場を刺激することだと訓覇氏。「2部は吹っ切れた感がある」と訓覇氏が語ったところで、すぐさま「現場は大変でした」とのツッコミが入りました。

 クドカンの脚本は、一画面の中に人が多いと、吉田氏。「演出側が試されていると感じることがある」とも表現した。

 画面内にいるのに、大御所の役者にセリフがないこともあり、「何をしたらよいか?」との尋ねられることもあったそうだ。しかし、撮影がすすむにつれて、役者側から自然とアイディアが出てきて、立ち位置等も自然に決まるようになったとのことだった。

 

 松田龍平さんは「謎めいた男」から始まり、主人公アキの支えになる重要なポジションになっていった。撮影の初めに、「ボク、これからどうなるんですか?」と松田さんに尋ねられた吉田氏は答えようがなく、困惑したそうだ。

 吉田氏が語る松田さん(ミズタク)のエピソードとしては、NHKの社員食堂で通りかかった子供に、「ミズタクだ!」と声をかけられて、うれしそうにしている場面の紹介があった。

 

 ここで、春子と正宗の離婚届のシーンwith大吉とサンタのシーンの映像が流された。

 夫婦の離婚というシリアスなシーンで、普通のドラマならば、1週間はかけるところ、1日のみのシーン。そもそも、なぜ、そんなシーンに大吉が同席しているのかという疑問がある。

 これには、クドカンの恋愛観というか人間関係へのこだわりがあるようだ。

 訓覇氏は、「夫婦をコメディでやるのには迷った」と語った。

 

 また、サンタのシーンに関しては、過去にNHKでサンタ役をお父さんが演じるシーンにクレームが入ったことを訓覇氏は語った。訓覇氏自身、親となり、クレームの意味を身をもって理解することができたと語った。

 「あまちゃん」で使った表現としては、サンタクロースを演じる正宗の特殊メイクが年々向上していき、それが家族の成長にシンクロさせたかったとのことだった。

 サンタのシーンの直前のスナック「梨明日」でのドタバタシーンは、ネタとして混乱させたかったとのこと。

 主人公アキが高校生にもなって、サンタを信じているということに当初から議論になったそうだ(ヒロインのキャラの完全崩壊の恐れ)。“(高校生でもサンタが実在すると)信じられるくらいの特殊メイクをする”といった意見も出たとのこと。

 結果として、「こどもの夢を壊さず、おとなの意見も納得させる」ということに落ち着いた。これは、「あまちゃん」のこだわりだそうだ。

 “シーンをなくさないことが大事”という考えである。

 離婚のシーンでも大吉をどうするか(無視するか/無視しないか)という議論があったそうだ。

 リアル(現実)を超えた心情の表し方が、クドカンの脚本とのことだった。

 離婚のシーンでは、春子と正宗の二人は大吉をいないものとして無視している。訓覇氏的には、このシーンは、“理論的にアウト”だそうだ。理由は“コント”だから。

 リアリズムではいないはずの人がいる状況を直前の梨明日でのドタバタ劇(カッパや海坊主の話)までいったあとに、悲しみのシーンにつなげるという繊細さが、クドカンの欲求の高さだとの表現があった。サンタを見送るのも春子でなく、夏ばっぱであることも、その繊細さのひとつ。

 

 正宗演じるサンタの声に関してもいくつかの意見があった。訓覇氏は、すべてサンタの声、場合によっては外国人等での吹き替えも考えていたとのこと。吉田氏は、実際の音声となる正宗自身が、正宗とサンタの声を使い分けているパターンの意見だったそうだ

 

 訓覇氏的には、この離婚シーンをタイプの違う3人のディレクターの全パターンを観たかったそうだ。吉田氏が担当したこのシーンの特徴は、セリフを発しない大吉の顔芸と、3人の役者を三角形の形状に配置したことだと説明があった。

 

 吉田氏が徹したことは、「職人」ということだったらしい。

 撮影に当たっては、クドカンのもつエッセンスを逃がさないようにすること(自分自身の意見がいれないこと)。

 大事なシーンも台本ではさりげなく表現されているため、会議では“何が大事か”をきくことに徹していたと、吉田氏は語った。

 

 ここで、2013年のスケジュールがスクリーンに投影された。

[20131月~6]

・撮影

1週目から20週目までの全100話の編集

2月から、1週目から17週目(85話分)のMA(音声編集)

3月から、1週目から17週目(85話分)の試写

4月から、放送スタート。

 

[20137月~9]

・撮影

21週目から26週目までの全30話の編集

8月から、1週目から17週目(85話分)のMA(音声編集)

9月から、1週目から17週目(85話分)の試写

・放送

 

 「あまちゃん」の撮影は、出演者が多いのが特徴。

 訓覇氏は、重要なシーンには、撮影現場にいられるようにスケジュールを決めていたそうだ。

 吉田氏は、撮影のスタイルを「5カメ、3REC、平均2回」と表現した。

 

 15分という枠に関して、「あまちゃん」は、通常の朝ドラの23倍の情報量が入るんだと再認識したと表現されていた。つまり、「15分って、こんなに(情報が)入るのか!」という印象。

 同じ15分でも「短い!」と感じる時と「見ごたえがあるなぁ」と感じる時があると表現されていた。短く感じるのは、テンポが速い時。見ごたえがあるときは、印象的なシーンがある時だと。

 

 クドカンの脚本は、“適当に流す”ということがない。撮影はとにかく時間がなく、演出は週単位で捉えていたと、吉田氏は締めくくった。

 

#ここまでが、当日のワークショップの第2部となります。

 ここで、10分の休憩後、受講者の質問にこたえる第3部となった。

「あまちゃん」チーフプロデューサ訓覇氏のワークショップの受講レポート 【第1部】

 20131027日(土)、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館にて、「あまちゃん」のチーフプロデューサである訓覇圭氏のワークショップが開催された。開演は14:00、終演は18:00(予定)とされており、開催前から濃密な4時間になることが予想された。実際、10分の休憩を2回いれ、終演は18:30頃になった。

 

 ワークショップの内容は、大きく分けると、下記の通り。

1部は、「プロデューサの仕事とは」

2部は、ディレクターの吉田照幸氏を迎えての「演出」の話

3部は、参加者からの質問コーナー

 上記の3部構成の内容だった。

 

【第1部】

 ワークショップの冒頭は、あまちゃんの第1話の映像が流された。その後、司会の方に紹介され、訓覇氏が登壇した。

 第1部の話の中で、最も興味深かった話題は、訓覇氏の“3つの博打(賭け)”。その内容は下記の通り。

1.ドラマの舞台を久慈市にしたこと

2.主役に、能年玲奈を起用したこと

3.アイドルネタという業界モノになったこと

 上記の内容は後述することにする。

 

 登壇した訓覇氏は、まず、「あまちゃん」に関して、「ヒットの秘訣は?」という質問をよく受けるが、「(自分自身も)わからない」と語り始めた。

 「質問はいろいろ受けてきたが、語る時間がなかったので、今回はちょうど良い機会なので、じっくり話したい」と語った後、受講者に対して、質問をした。

 

 質問の内容は、「プロデューサ志望の者がいるか」、「プロデューサはいるか」というものだった。受講者には、実際にプロデューサであると挙手した方がおり、話しづらさをあらわすひとことが飛び出した。

 

 「プロデューサの仕事は何か?」という受講者への問いかけのあと、司会者が作成したスライドを使ってプロデューサの仕事の説明(企画、金の管理、撮影関連、仕上げ、上映など)がなされた。プロデューサの仕事内容はとにかくやることが多いが、各分野のみを得意とする人が日本人には多いということだった。仕事の担当範囲に境界線を引き、自分の担当範囲以外を他人に任せてしまうタイプが多いとのことだ。

 

 NHKに入局するにあたっては、プロデューサ採用はなく、ディレクター採用を選択することになり、訓覇氏自身、ディレクター採用で、入局当初は地方で3分ほどのドキュメンタリー番組の制作から仕事が始まるとのことだった。現在の訓覇氏にとって、この仕事を担当した5年間の経験が生きているとのことだった。

 その後、「演出」を担当することになるが、訓覇氏自身は楽しくなかったと語った。訓覇氏は、自分自身を非常に現場寄りの人間だと語った。いわゆる「ウケる(ウケを狙う)」というのが苦手で、ヒットを狙っているわけではないとのことだ。

 「どうやってつくったのかを丁寧に話したい」と語った訓覇氏は、「テクニカルなことよりも、現場での会話を大切にしたい」と続け、ある現場で、もっとも現場に顔を出すプロデューサだと、役者に話しかけられたことを嬉しそうに語った。

 

 ここで、「あまちゃん」制作にあたっての2011年のスケジュールのスライドが投影された。

 概要は下記の通り。

20113月]

 ・震災

20115月]企画期

 ・朝ドラ企画

20116月]

 ・宮藤官九郎(以下、クドカン)打ち合わせ_1

 ・xx打ち合わせ

20117月]

 ・クドカン打ち合わせ_2

 ・企画初期設定

 ・過酷なスケジュールを想定

 ・クドカン打ち合わせ_3

 ・仮タイトルが決まる

20118月]

 ・徹底した取材

20119月]

 ・クドカン打ち合わせ_4

 ・舞台を東北に想定

 ・東北現地取材スタート

 ・ヒロインイメージに迷う

201110月]

 ・クドカン打ち合わせ_5

 ・取材の報告/ブレスト(ブレインストーミング)

201111月]

 ・クドカン打ち合わせ_6

 ・2回目の東北現地取材

 ・久慈市へのシナハン(シナリオ・ハンティング)を決意

 ・クドカンとの3日間

 ・クドカン打ち合わせ_7

 *帰りの新幹線で打ち合わせ

201112月]撮影準備期

 ・一部のプロット到着

 *キャスティング構想

 ・プロットの肉付け

 ・詳細打ち合わせ

 ・26週の週割り/日割り

 ・徹底的な取材続行

 

上記のスケジュールをベースに、訓覇氏が当時の話を語った。

 

「朝ドラは、時計代わりの番組」との言葉があり朝ドラのテーマとして、とにかく笑えるもの、生活に根付いたものがやりたいとの思いが、訓覇氏にはあった。このテーマで思いついたのがクドカンだったとのことだ。

20115月頃、クドカンが朝ドラをやりたいという話を耳にしており、訓覇氏は声をかけた。これは、“縁”だと思うと語った。

 

 訓覇氏とクドカンとの最初のあいさつで、「テレビドラマは明るいものにしたいですよね」と、クドカンが言った言葉を訓覇氏は覚えており、共感できたと語った。

 ちなみに、この時、実際に脚本を書いてくれるかどうかに関しては、「内容次第ですね」というのがクドカンの回答だったそうだ。

 

 20117月頃、2度目のクドカンとの打ち合わせがあった。しかし、この時、訓覇氏は何も思いついておらず、ディレクターの井上氏を使いたいとだけ考えていたそうだ。

 結局、訓覇氏は何のアイディアもないまま、クドカンとの2回目の打ち合わせにのぞんだ。ただ、関西弁を使って、ノリで行こうと思ったそうだ。

 この時のクドカンの言葉は、「遊園地みたいにしたい」だった。

 

 ドラマで想定されたシナリオは、はじめは故郷のシーン。5週目頃に東京のシーン。そして、また故郷のシーンといったように考えられていたそうだ。

 訓覇氏には、当時、クドカンの目が輝いて見えたらしい。

 クドカンは「田舎を書きたい」、「僕は田舎者なので」と話したそうで、なんらかのネタは持っていたのではないかと、訓覇氏は語った。

 この頃、キーワードには、「伝統芸能」、「大衆演劇」が出ており、白塗りメイクは濃すぎるだろうと思っていたそうだ(旅芸人や、ロードムービーではないぞと)。

 

 訓覇氏は以前、村歌舞伎の作品をつくったことがあり、村おこしの話で、大鹿村が舞台だったと語った。

 当時、クドカンから「地元アイドルってどうですか?」や「方言が書きたい」という相談があったそうだ。

 この時、訓覇氏に、電気が走ったそうだ。どんな作品でも、程度の違いはあるが、“(この作品は)イケる!”と思う瞬間に、この電気が走るそうだ。

 “地元アイドル”や、“方言”は、「あまちゃん」にずっと貫き続けられているコンセプトとのことだ。

また、朝ドラは「安定感/安心感」が大事だと、訓覇氏は語った。

 

仮タイトルは、「ママはアイドル(仮)」。 ※訓覇氏は「ママもアイドル」と何度か口にしていた。

訓覇氏とクドカンの打ち合わせは、この時、2時間ほどだったらしい。訓覇氏は、クドカンが「書きます!」と言ったと思っていた。また。このスピードですすむことを認識し、ついていけるか、不安に思ったそうだ。

クドカンからは「すごく楽しく書ける」という言葉があり、このことを訓覇氏は良かったと語った。

 

訓覇氏は、プロデューサーの仕事について、「旗をあげていく仕事だと思っている」と表現した。

「あまちゃん」を表す言葉に「日本の朝を変えます(変えた)」があるが、とにかく“楽しい”がキーワード。新しいことをするという気持ちはなかったとのことだ。

 

この2時間の打ち合わせで、「あまちゃん」のすべてが決まっているとのことだった。

訓覇氏が、ディレクターの井上氏に、「どうだった?」とたずねた言葉への回答は、「うーん、田舎はクルかもね」で、訓覇氏は、「俺、楽しいよ」というやりとりを交わしたそうだ。

 

ここで、仮タイトルとあらすじの話があった。

 

その仮タイトルは、「ママはアイドル」※訓覇氏は、「ママもアイドル」という言葉を複数回数使っていた。

 

この時のあらすじの内容は次の通り。

 

「東北の秘境」に現れたひとりの少女が、村に伝わる「伝説のカッパ舞(仮)」で、「地元アイドル」となり、過疎の村を救う物語!」

 

 ここでの「東北の秘境」は、訓覇氏的には、大鹿村のイメージ。伝統演劇の要素を入れてやりたいということで、上記のあらすじが、「あまちゃん」の原型だと語った。

 

あらすじからは、下記の項目まで話がすすんだ。

 

 村の人が見向きもしない伝統に、ひとりの少女が惹かれていく

 少女の行動により、その伝統が全国で大流行

 アイドルになるための脱走のエピソード

 5週目あたりでタイトルの意味が明かされる

 東京に河童が現れて、帰りの電車で見える

 しかし、見えた河童は、実はねつ造

 

「これもみたいですね」という司会者のひとことに、受講者の誰もがうなずいた。

 

ここまでが、20117月までのエピソードとのことだった。

 

続けて、訓覇氏は、こう語った。

「(震災のあとだが)やらないのも不自然だし。(震災を受けた)東北が題材なのに、山間部が舞台というのは変かも。」ということから、舞台となるのは“海”になっていったと、打ち合わせでの出来事を語った。

 主軸はあくまで「カッパ舞」と「少女」で変わらないとのことだった。

 

 取材を得意とする方に依頼した結果、“海女“の話がでてきたが、訓覇氏は海女のことを当時はほとんど知らなかったと語った。

 この直後に語られたのが、冒頭の“訓覇氏の3つの博打”だった。3つの博打のうちの1つ目「ドラマの舞台を久慈市にしたこと」を取材写真を紹介しながら、訓覇氏は語り始めた。

 

まず、「取材のはじめは、その土地を見渡せるところに行け」という言葉に従い、久慈の町で高台となる巽山(たつみやま)公園の写真が紹介された。

 

 巽山公園から見た久慈の写真では、海はどこにあるのかわからず、ごく普通の地方都市の風景だった。唯一、アンバーホールの建物が目立っていた。

 

 “銀座通り”と呼ばれるメインストリートの写真からは、いわゆる“シャッター商店街”という表現が使われた。

 

 その土地をあらわすための基本となる位置から撮影した「マスターショット」の写真(メインストリートから久慈駅を向いて撮影した写真)では、メインストリートが曲がっており、久慈駅も見えないことを語った。この写真からは、「あまちゃん」での駅前ビルの3枚の看板エリアのアイディアがうまれたとのことだった。

 

 続けて、久慈の人々の話がなされた。

 浜にでて、おばあちゃんに話しかけると、(訛りが強くて)何を話しているかわからなかったとのことだった。結局、何を話しているかわからないのは、そのおばあちゃんだけだったが、「昔が格好いい」という印象が得られたと語った。

 三陸鉄道の方に話をきくと、ネガティブな赤字の話を含め、開業当時の話をまるで、ほんの少し前のように話してくれたことを語った。

 これらに対し、「大人の昔話が格好いい」、「自虐の美学」という言葉が使われた。

 地元男性のネガティブな話としては、「もう(この土地は)終わった」や、「病院が郊外に移転して、病人さえ、町からいなくなった」といったことが紹介された。

 しかし、そんなネガティブな男性も、夜のスナックでは元気。女性は皆、(スナックの)ママができるほど綺麗だと訓覇氏は語った。

 久慈と比較される取材した土地の中には、松島や平泉が入っていたそうだ。訓覇氏がディレクターと会話した内容には、「役者を(遠いので)連れて行けない。78時間かかる」や「3回行ったらよくなる(根拠なし)」などがあったそうだ。

 

 そして、201111月。久慈にクドカンと訪れた時のことが語られた。

 クドカンはこう語ったそうだ。

 「ココは、選ばれた(土地の)ような気がする」と。

訓覇氏が「なぜ?」と尋ねると、クドカンはひとこと、

 「遠いもん!」

 と、答えたそうだ。

 

 東京に行くのが大変なことであるという背景ができあがり、帰路の新幹線での3時間は、濃密な打ち合わせが行われたとのことだった。

 この打ち合わせで、12週までのプロットが出来たらしい。また、ユイちゃんは登場せず、主人公は東京生まれという設定と何もない町に、この少女だけが惹かれていくという、“人が大事”という話がここで語られた。

 

 取材でのリアル(現実)との距離感を非常に大事にしていることを訓覇氏は語った。例としては、町の名前。町の名前を考えるにあたって、“岩手県“まではリアル。町の名前は、現実そのままの「久慈市」や、大反対された「リアス市」、そして実際にあってもおかしくない名称の「北三陸市」という名称に決まるまで、議論された(モメた)とのことだった。

 

 訓覇氏は、ワークショップ前半を「フィクションだけど、限りなくリアル」、「フィクションとリアルの絶妙なシンクロ」という2つの言葉でまとめた。

 

#ここまでが、当日のワークショップの前半となります。

 ここで、10分の休憩後、ディレクターの吉田照幸氏を迎えての第2部となった。

#自筆のメモからテキストデータにざっとおこしただけなので、あとで修正はいるかもしれません。

 つづく…

2013年10月21日 (月)

「三連休! あまちゃん 弾丸 久慈ツアー」その4

 前回から日にちがあいてしまいましたが、弾丸ツアー二日目の後編になります。種市高校の学園祭「種高祭」にて、リアル南部ダイバー体験をした続きになります。

 

この日は非常に風の強い日でした。種市高校から平内駅に予定通りに到着すると、八戸線の運行アナウンスが流れてきました。「強風、および倒木のため、上下線とも、30分以上の遅れ...」といった内容のアナウンスでした。

弾丸ツアーということで、分刻みに近い状態でスケジュールを組み立てており、これは痛いアクシデントでした。この後は、小袖海岸に訪問の予定で、久慈駅から小袖海岸へのバスの出発時刻がポイントです。

結局、バスを一本遅らせることになりましたが、13時発のバスに乗り、13時半には小袖海岸に到着することができました。

昼食は、種高祭で購入した”やきそば”、”やきとり”、”いかぽっぽ”のおかげで、空腹になることもなく、行動することができました。

 

小袖海岸への海岸線の道は、事前情報通りマイカー規制が入っており、やはり、すれ違いが困難な場所がいくつかありました。

45semai

 

ちなみに、小袖海岸への道には、有名な「つりがね洞」があります。

46tsurigane

久慈駅を出発し、ちょっと遠回りのルートを通って30分ほどで、小袖海岸に到着。いざ行かん!海女センターへ!

47amacenterhe

 海側をみれば、あの灯台!

48toudai

 山側を見上げれば

 ストーブさんの監視小屋!

 あとで、登ってみるのが楽しみ。

49kansigoya

 港の向こうに見えるのは、夫婦岩

50meotoiwa

 

道端には、こんなメッセージも。

いやぁ~、あまちゃんのロケ地「いいどご」です。

51message

すでに、撮影用のセットは撤去されていますが、あぁ、あの場所だなとわかる土地。

ここの裏にある坂を登ると、監視小屋にたどりつきます。

52noset

ちなみに、監視小屋までは250m 徒歩10分。

53kanshigoya

 

結構、ハードなつづら折れが続きます。

54tsuduraore

ぐんぐんと高度をあげ、監視小屋までもう少し

55koudo

“監視所”と書かれた看板が見えたら、すぐそこ。

56kansijyo

着いた! ストーブさんの監視小屋です。

57kansi

 

さてさて、ストーブはあるのかなと。

58stobe

ストーブさん、発見!

59stobe

そんな監視小屋をさらにすこーしだけ登ると、あの記念碑を見ることができます。

60kinenhi

そして、見落としがちな、夏ばっぱの家付近に相当する下り坂。

61kudarizaka

はっきりと確認していないのですが、劇中に何度か見かけるスピーカー。

確か、この下は墓地。

62speaker

ゆっくりと、坂をくだって、いざ、あの海岸へ。

10月に入り、海女さんの素潜り実演が終わってしまっているのが非常に残念。

63kaigan

あの灯台も間近で見られました。

64toudai

ちょっと戻って、空いた小腹を満たそうと、海女センター付近まで戻りました。

これが、現在の海女センター

65genamacenter

海の近くですし、「海女磯ラーメン」をチョイス。

1玉は800円。半玉は、500円と、大変リーズナブル。

雲丹、帆立、エビ、ムール貝入りです。

66amaisoramen

いただきます!

67ramen

 2時間ほど小袖海岸で過ごし、そろそろ帰宅です。

楽しかったし、美味しかった。

68track

また来たい小袖海岸でした。

69matakuruyo

 

弾丸ツアー2日目、まだ終わりません。

 

つづく…

2013年10月18日 (金)

「三連休! あまちゃん 弾丸 久慈ツアー」その3

 さて、弾丸ツアーということで、朝早くから行動開始です。


 ちなみに、訪問初日、久慈市内は、あまちゃん効果で宿泊施設は満員御礼。ギリギリに日程変更して、急に宿泊の予約をせねばならなかった我々は、健康ランドの仮眠室のしかも”臨時”仮眠室となるムービールーム(いわゆる、ビデオ鑑賞室)で寝ることになりました。


 話を戻しまして、二日目[
10/13(日)]の起床は540分。健康ランドですから、24時間いつでもお風呂に入れるわけで、朝風呂に入り、気分さっぱり。615分には送迎依頼をかけておいたタクシーに乗り込み、久慈駅へ移動しました。

 

 乗車予定の列車は、三陸鉄道ではなく、JR八戸線。645分の八戸行きに乗る予定です。いきなり帰るわけではありません。ちなみに、久慈駅といえば、リアス亭。そう、あまちゃんで有名な”うに丼”のモデルになった”うに弁当”を販売しているお店が久慈駅構内にあります。そのリアス亭は、朝7時開店です。これ以前に訪れても、お店は開いていません。しかし、そこには、うに弁当目当てのお客さんが集まっていました。この件は、また後日、書きます。

 

 朝一番から、三陸鉄道ではなく、JR八戸線に乗るのには理由があります。その理由とは、「種高祭」です。種市先輩の名前の由来となった町「種市」にある種市高校。その学園祭が我々の弾丸ツアーの日程内に開催されるということを察知し、行程に組み込みました。

 しかも、この種高祭では、あの南部ダイバーの潜水体験が無料でできるというではありませんか! これは行くしかない!ってことで、八戸線に乗ることになったわけです。

 

 さて、ここでも列車の運行本数の問題があります。種高祭の開催時間は朝9時(9時半?)からでした。久慈から種市高校の最寄駅である平内駅(種市駅ではない点に注意)に向かう列車は、9時前だと平内に07:51着。1時間から1時間半前に到着してしまうことになります。どこかでこの空き時間を過ごさねばならなかったので、我々は、平内の一駅手前の種市駅で下車し、漁港をみたり、海岸線を歩いたりして、種市高校に向かいました。

Taneichi


 21taneichi

 22taneichi

 海岸線では、漁港やウニ栽培漁業センター、サケの遡上などを観ることができました。

23unisaibai

種市駅を下車した後、1時間半をかけ、9時半ごろに種市高校に到着しました。

種市高校の近くには、種高祭のノボリが立っていました。

24nobori

種市高校の校門を入ると、右手には潜水実習棟が見え、その手前では生徒さんや先生方が、出店の準備をしていました。

 

25tanekou


32demise

ちなみに、種高祭のポスターはこれ。上手!

けど、男が海女さんの格好をしてる?

26tanekousaiposter


 

 実習棟の壁は黄色く、壁の丸窓をのぞいたら、中はプールの水の中でした。

28tou

 36marumado

37pool

また、壁には潜水具のカップのレリーフなども埋め込まれていました。

27relief

 生徒さんにハッパをかけている先生がおり、ふと見てみると...「いっそん!」と叫んでしまいそうなほど似ている先生がいらっしゃいました。

31isson

 

 

 さて、弾丸ツアーの重要イベントは、この種高祭にありました。それは、「潜水体験」。

34taiken

 あの南部ダイバーの潜水具に身を包み、実際に実習棟の中のプールを水中ウォーキングできるというイベントです。

 この体験会の受け付けは9時半からとのことだったのですが、受付場所が見つからず、学園祭自体の受付で尋ねたところ、その場で体験会場に連れて行っていただけました。

 

受付で生徒さんが描いた あま絵をパチリ

35amae

 

 体験会の受付で、氏名と住所を書いて、しばし待機。友人は、名古屋からの体験ということで驚かれ、私は、自作の南部ダイバーTシャツに驚いていただけました。

 

 この体験会は、なんと無料!なのですが、お礼として、その場で販売されていた手ぬぐいや、Tシャツを購入することにしました。

38buppan

 

 実習棟の中には、潜水具を着せる生徒さん達、プール内の水中でサポートしてくれる生徒さん達がおり、たいへん熱心且つ、真剣に対応してくれました。生徒さん同士でやりとりする会話には、懐かしく笑ってしまうものがありました。「おい!2年。 3年生にやらせて、お前らなにやってんだ!」とか、「おれ、メガネをかけたことがないから、どうやってかけさせたらいいか、わかんねぇ」とか。

 

 潜水体験の手順を簡単に説明します。

1.厚手のちゃんちゃんこのようなものを羽織ります。

2.厚手の靴下を履きます(ズボンに、なるべくしわをつけないように履く)

3.椅子に座り、ゴム製の潜水具に足を通します。

4.潜水具を腰まで手繰り寄せたら、立ちます。

5.おもりの入った靴を履かせてもらいます。

6.潜水具の袖に、片方ずつ腕を通します(袖の裾は濡らしておく必要があるそうです)。

7.椅子に座り、カップをかぶせるための金具を取り付け、ネジを締めてもらいます。

8.立ち上がり、空気注入ホースを腰に巻きつけてもらいます。

9.プールにかかった梯子の途中まで降ります。

10. 首の前後におもりをつけてもらいます。

11. カップをかぶせてもらい準備完了(かぶせる前に、記念写真を撮ってくれます)。

 

もちろん、カップをかぶせられる前に、潜水にあたっての注意点の説明があります。気圧の変化により、耳が痛くなった時に合図することや、あまちゃんでも有名な首を傾げて空気抜きをする動作などの説明がありました。

40cup

 

 水に入る前には、トランシーバーを使って、最終確認の声が届きます。装備もココロも準備が済んだら、いざ水中へ!(緊張の瞬間!) 水に入る前は重かった潜水具が一気に重さを感じなくなり、逆に身体が浮かびます。

41nyuusui

 潜水のはじめのうちは、ひたすら空気抜きでした。あまり、空気抜きをしすぎると、水が入ってくるとのことだったので、注意しながら空気抜きを断続的に行います。また、空気抜きの弁は、閉じるときはしっかり閉じろとのことでした。

42cyapun

 

 

 初めは慣れずに、浮かぶからだに四苦八苦でしたが、慣れてくると不思議な浮遊感覚に緊張も忘れて興奮!

 水中ウォーキングをサポートしてくれるダイバーに手をひかれて、前にすすみ、プールについた丸窓から外をのぞいて挨拶したり、一段潜ったあとから、また浮上したりと、短時間ですが、非常に貴重で楽しい体験でした。

43goo

 

 潜水体験後は、飾ってあったあまちゃん出演者のサインを見たり、校庭で販売されていた”やきそば”、”やきとり”、”いかぽっぽ”を購入し、次なる目標のため、平内駅に向かいました。

 

 ここまでだけでも、大満足な一日ぃゃ、まだ半日。

 

 さらに、つづく…

2013年10月17日 (木)

「三連休! あまちゃん 弾丸 久慈ツアー」その2

 さて、1012日(土)久慈駅到着後、イッパツ目のイベントは、「勉さんの琥珀坑道見学!」

 これは、琥珀坑道の撮影地となった「上山琥珀工芸」さん( http://kamiyamakohaku.jp/ )の琥珀坑道を見学したい!と考えたことにはじまっています。

 まずは、“坑道見学会“の有無を確認したのですが見つけられず、上山琥珀工芸さんのHPから、問い合わせメールフォームで質問してみました。結果から言うと、久慈広域観光協議会( http://www.kuji-tourism.jp/index.html )を窓口として受付けているとの回答をいただき、さっそく問い合わせて、坑道見学の手配・調整をしていただきました。

 

 当日、久慈駅到着は、14:07。名古屋市近辺の方が始発で出発して久慈に来られるギリギリの時間です。そこから、待ち合わせ場所である上山琥珀工芸さんへ移動しました。

 待ち合わせ時刻よりも30分以上早かったのですが、準備をしていただいていた上山さんに案内されて、いざ、琥珀坑道へ。

 車に揺られて...というか、車内でシェイクされて、山道を琥珀坑道へ。MTBを趣味として楽しむ私が走るような未舗装路を車で進んでいきました。

 

 未舗装路ということもあり、4WDと思いきや、2WD車で来てしまったとのことで、車を降りて坑道まであるくことになりました。道がぬかるんでおり、準備していただいていた長靴に履き替えて、注意して坑道まであるきました。

 道が開けると、左手に坑道の入り口、正面に物置、右手には土が盛られておりました。

03iriguchi

 

 待ち合わせ時刻よりも早く着きすぎ、慌てさせてしまったせいか、カギを忘れてしまったとのことで、琥珀掘り(拾い)をして待っていてくださいとのことで、地面を見ながら琥珀探し体験をすることに。

 盛られていた土は、坑道で掘った琥珀が含まれた土で、琥珀探し体験のためとのことでした。初めはどれが琥珀かわからなかったものの、落ち葉をどけたり、表面の土を削ってみるとキラリと光るカケラがあり、それをつまみあげると、琥珀であることがわかりました。

04kohaku

上山さんが戻ってくるまでの十数分の間に、握った片手にいっぱいの琥珀のカケラを集めることができました。

05kohaku

しばらくすると、上山さんが戻り、いざ、坑道へ!

06koudou

 

坑道の中は、天井が低く、床は湿っていて、気を付けていたものの滑って転んでしまいました。かなり奥深くまで掘られており、あまちゃんの撮影場所まで連れて行っていただけました。

07koudou

坑道の中では、いつ頃から琥珀を掘っていたかとか、琥珀は燃料や虫除けとして使われていたなどの話をきくことができました。

「化石は出るんですか?」の質問に対しては、「出ているかもしれないけれど、特に気にしているわけではないのでわからない」とのことでした。

08koudou

坑道をでると、辺りはもう薄暗くなり始めていました。

帰る前に、物置の中をパチリ☆

09monooki

  我々の後も見学者がいらっしゃるとのことでした。

 

貴重な琥珀探し体験や坑道見学を終えて、とにかく興奮&感動。

帰りは、道の駅くじ・土風館まで送っていただきました。

 

 土風館に到着し、上山琥珀坑道さんのお土産販売コーナーでお別れし、私は、ミサンガを購入。

10misanga

 

 そして、店に飾られている“あま絵”を発見し、撮影の許可をいただいてパチリ☆

11amae01

 

店の女性と話したら、あまちゃんファンブックを取り出してきて、サインも見せてくれました。

12sign


 

 引き続き、土風館の中を歩き回っていると、“久慈っこ本舗”さんでもあま絵を発見!

13kujikkohonpo

 土風館の中には、NHKスタジオパークのセットや…

14set

 

巨大な山車や…

15dashi

あまちゃんに登場する方々の似顔絵を描いた山車もありました。

16dashi

17dashi

はてさて、あま絵パネルはどこかな?と探していたら、2階にあがる階段のところに飾ってありました。

18panel


さて、今日はまだ久慈旅行の初日なので、おみやげ購入は最終日までおあずけ。

ということで、またくるよ、土風館!

19matakuruyo

 

土風館を出たら、夕食をと思ったのですが、通り道にあま絵スポットがあったので、一誠堂書店に寄って、あま絵をパチリ☆

20

 

とりあえず、初日はこんな感じで終了。

居酒屋で食事をし、宿がとれなかったので健康ランドに移動して、仮眠室がいっぱいだったので、臨時仮眠室となったムービールームで寝ましたとさ。

 

つづく…

「三連休! あまちゃん 弾丸 久慈ツアー」 その1

 ドラマや映画の撮影地(ロケ地)に訪れることを“聖地巡礼”などと申します。そんな“聖地巡礼”ですが、放送中(放映中)に行く場合もあり、放送(放映)終了後に行く場合もあります。

今回の“聖地巡礼”の対象作品は「あまちゃん」で、放送自体は2013年9月28日に最終回をむかえています。撮影地は、岩手県久慈市周辺がその中心になります。久慈に向かうには、いくつかの交通手段がありますが、私が選んだのは鉄道でした。鉄道で久慈に入るには、東京駅を出発点とした場合、八戸まで新幹線で移動し、八戸を経由して、JR八戸線で久慈入りするのが一般的です。

※後日、コメントをいただいた通り、二戸まで新幹線で移動し、バスで久慈入りするほうがはやく久慈入りできます。3連休パスなどでJRのキップ代がお得だったり、鉄道好きな場合は八戸まわり、バスが苦手でなければ二戸まわり等、選択してもらえればと思います。

01_2   

   02_3

私が久慈を訪れたのは、20131012日(土)から1014日(月・祝)の3日間。この期間に、東京駅から八戸駅へ向かう一番早い新幹線は、東京06:00発→八戸09:05着の「JR新幹線はやて71号」でした。しかし、注意が必要です。八戸到着は早ければ良いというわけではありません。その理由はJR八戸線です。JR八戸線の本数は非常に少なく、しかも、久慈まで到達する便はさらに少なくなります。

途中駅の鮫駅が終点になっている便があるため、八戸に9:05に到着しても、久慈に向かうJR八戸線は10:13までありません。八戸9:09発のJR八戸線は鮫どまりです。この09:09発の電車に乗り、陸奥湊駅(9:24)で下車し、最寄りの市場で食事をしたあとに、再度、陸奥湊駅(10:28発)で久慈に向かうのも良いかもしれません。

久慈に直接向かいたい場合は、八戸10:13発のJR八戸線に乗ることになります。八戸10:10着の「JR新幹線はやて351号」がありますが、新幹線ホームからJR八戸線への乗り換えは3分では、かなり厳しいと思います。新幹線ホームをダッシュし、階段を駆け上がり、改札を出た後に右折、数十m走った後に、JR八戸線の改札に飛び込み、階段を駆け下りる感じになります。新幹線の到着時刻と八戸線の接続調整をしてくれれば良いのですが、恐らくないと思われ、新幹線の到着が少しでも遅れたら、目的の八戸線を乗り逃がすことになるからです。

現実的には、東京駅06:32発、八戸駅09:18着の新幹線はやぶさ1号を選択することになると思います。八戸駅10:13発のJR八戸線に乗ると、久慈駅には11:59に到着します。これが、新幹線を利用した場合で、東京から久慈入りできる最も早い便になると思います。

 

鉄道を使って東京から久慈入りするための情報をここまで書いてきましたが、アクシデントというか、痛恨のミスにより、予定通りにはいかないものです。八戸9:05到着予定だった私ですが、八戸駅に降り立ったのは、10:19でした。この時間に八戸に着くと、久慈行きに乗れるのは、なんと、12:19発の列車になります。ひとことだけ書くとすると、「地方での乗り過ごしには注意しましょう」になります

 

さて、今回の“聖地巡礼”、いわば、“久慈旅行“なのですが、いくつかの目標がありました。大きくは下記の3点です。

  1. ロケ地訪問
  2. あま絵ウォークラリー
  3. 重要なイベント体験

 

「ロケ地訪問」は、その名の通り、劇中でのロケ地への訪問。三陸鉄道への乗車や小袖海岸への訪問が最優先事項でした。

「あま絵ウォークラリー」は、あまちゃんの絵(略して、あま絵)を描いた「あま絵作家さん達」の各所に点在する色紙やパネルを探し、見て、写真におさめること。

 「重要なイベント体験」は、劇中に出てきた「琥珀坑道」の見学や、「南部ダイバー」の潜水を実体験するというものでした。

 

さて、初日(10/12)、久慈駅到着前から、早くもイベントだらけです。

 

つづく…

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ